戦火時のアルファロメオ

大戦中やはりアルファロメオも結構大変なことになっていました。その時のアルファロメオの歴史を説明します。

 
1933年の世界恐慌を発端にしてイタリア産業復興公社の支配下にはいりました。この頃のアルファロメオは、自動車の製造ではなくもっぱら軍事の飛行機のエンジンに携わっていました。それ故に、終戦するまではアルファロメオ自体の自動車の製造はかなり縮小する方になったのです。他にも兵器制作などにも力を入れないといけませんでした。

 

ちなみに、その時のアルファロメオが手がけたのがアレーニア・アエルマッキの単座戦闘機MC202フォルゴーレのエンジンを作っていたのです。もちろん、他の自動車会社も参戦することになっていました。ただ、これだけなら良かったのですが、サンドの連合軍の空襲によって本社の工場が廃墟と化して多くの資材なども一緒に無くなることになったでしょう。これは、実にアルファロメオにとっては大打撃で多大な損失となりましたね。

 
このようにアルファロメオの戦火時があります。戦時中は本当に自動車会社としてはかなりの痛手を負うことになったでしょう。しかし、これからアルファロメオはその損失を帳消しにするために動き出すことになったのです。