再びピンチ

アルファロメオは、戦後からかなり回復をすることができました。そして、様々な技術を獲得と発明をすることが出来るようになったのですが、突如としてアルファロメオに問題が続出するようになったのです。

 
アルファロメオは、それまでかなり良い自動車を作成していました。高技術と言っても良い技術で多くの自動車を製造してきたのですが、ある時を堺に突如として問題が発生していくのです。それが、1966年以降のことですね。この頃に、労働争議が発生したことにより鉄鋼生産量が減ってしまったのです。それに伴い、ソ連から鋼板を手に入れようとしたのですが、それが今までのものよりも品質がかなり劣っていたということがありました。

 

しかも、その時に工場の建設をしていたのですが思うように進まず、その際に数ヶ月鋼板を放置、それによりかなり脆い車となり、「芯から錆びる自動車」としてかなりの痛いレッテルを貼られることになったのです。これにより、イメージがかなり底に落ちてしまい、当時アルファロメオミラノだったエンブレムからミラノが外されることになりました。その後レッテルを取るために、様々な技術を獲得しようとしたのですが、結果的にあまり良い結果を生むことはありませんでした。しかし、1984年に転機が訪れたのです。それが、日産自動車との提携でしょう。

 
このようにアルファロメオの戦時並のピンチを出すことになったのです。しかし、この後に復活へと進むことが出来たでしょう。